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『子どもと保育士がつくる哲学の時間 ─保育的雰囲気が支える対話的な学びの世界─』

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著者:佐藤嘉代子
出版社:萌文書林
出版年:2021年
出版社書籍案内ページ:https://houbun.com/item/380.html

評者:亀井美弥子(湘北短期大学准教授)


 本書に出てくる「子どもの(ための)哲学(philosophy for children:p4c)」というアプローチは、子どもたちが対話のなかで、あるテーマについて考えや思いを分かち合うという、日本でも注目されている取り組みです。2011年にフランスのドキュメンタリー映画『ちいさな哲学者たち』が日本において公開されたことで、より広く教育・保育関係者から関心を集めることとなりました。映画は幼稚園で子どもたちが愛や自由、死などの人間にとって普遍的な哲学的テーマについて語り合うという鮮烈な内容です。その中で子どもたちは自分の思いを表現し、他者の話に耳を傾け、思考することを学んでいきます。この実践は子どもだけでなく、教育者や子どもの両親にも影響を与えていくものとして描かれています。

 本書は、長年保育者として保育に携わってきた著者が、このような取り組みを「子どもと哲学する時間」として日本の保育園に提案し、その実践活動に関わりながら研究成果にまとめた博士論文が下地になって編まれています。まだ新しいこの取り組みを日本の保育園に導入したチャレンジングな実践研究報告であるとともに、そこでの子どもや保育士の姿がよくわかる興味深い読み物となっています。

 子どもと保育士との会話の書き起こし(トランスクリプト)が随所に示されるこの研究報告では、この取り組みの一片を子どもたちと保育士の会話から生き生きと知ることができます。例えば、映画にならって保育士とともにローソクの火を囲んだ子どもたちは、目の前の火について、「火は何で明るく見えるの?」「どうして吹くと消えちゃうの?」「水に負けるの?」など思い思いの言葉を口にします。それらの質問一つ一つに対して保育士は「なんでだと思う?」と丁寧に受け止めます。このように保育士と子どもたちとの信頼関係の中で、時には進み、時には淀む子どもたちのリアルな対話が丁寧に再現され、考察されます。さらに、第2部以降では、この取り組みが一人の「気になる子」として評価されていた園児の活躍の場となることによって、彼を取り巻く保育士たちの彼へのまなざしや園児自身が変化していく様子が報告され、「子どもと哲学する時間」の持つ意味についてより深められていきます。

 著者はこの研究を「コンサルテーション型アクションリサーチ」と位置付けています。アクションリサーチとは現場の実践をより良いものにするという目的で現場に介入して現場の人たちと協力しながら行う研究手法を指します。最後の園長や担当保育士への振り返りのインタビューを通じて、この取り組みに関わる保育者たちの思いとともに、その思いを大切にしてきた著者とインタビュー対象者との信頼関係を読み取ることができました。これらのインタビューを含む研究成果が長年の著者の保育者としてのキャリアを基盤として構築されていることは間違いないと思います。

 以上のように本書は、「子どもの(ための)哲学」の背景や日本の保育の場への導入における“リアル”を知ることのできる研究報告であるとともに、世界の探究者としての子どもの存在や保育者たちの保育に対する真摯な取り組みについて、改めて思いを馳せることのできる一冊だと感じました。保育者や研究者はもちろん、保育の現場や幼児教育に関心のある保護者にもぜひ読んでいただきたいと思います。

 

 


【評者紹介】

亀井美弥子(湘北短期大学准教授)