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『子どもたちは人が好きー幼児期の対人行動』―子どもの社会的発達の背景

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著者:川上清文(聖心女子大学教授)
出版社:東京大学出版会
出版年:2018年
出版社書籍案内ページ:http://www.utp.or.jp/book/b372469.html

評者:南 徹弘(大阪大学名誉教授)


 本書は、ルイスの社会的ネットワーク(自己発達)理論に基づいてなされた川上清文の研究を詳細に紹介したものである。川上の研究の特徴は、まず、ルイスの理論に基づく乳幼児の実験的研究から得られた事実との関連性と整合性を追求するところにある。最近の発達心理学研究は、母子関係の研究が主流で乳幼児から子どもを徹底して研究の対象とした研究はむしろ少ない。しかも、その後の乳幼児発達は自らの考えに近い観察結果を事実と考えるか、統計の方法などを用いて得られた結果を事実と考えるか、それはそれで重要であるが、川上はそれらとは異なる、長期間にわたる乳幼児の観察から得られたデータを収集し分析することによって理論と事実の関連性について調べるというほかの研究とは異なる研究上の視点と特徴を持っている。このように、外国で主流としてなされた一定の視点のもとに、基本的には乳幼児を研究対象とした実験と観察を行いそこから得られた事実を追求しているところに、川上の研究上の特徴がある。

 川上の研究上の関心と背景の理解に本書でとりあげられた出産・誕生に遡って考えてみよう。とりわけ、ルイスの社会的ネットワーク理論が自己・他者以外にほかのヒトとのかかわり合いそのものを指すのか、また他者とのかかわりの結果、言葉のみならず生活習慣などを獲得することと発達という時間との関連性をどのように考えるかを明らかにする必要があるからである。

 ところで、とりわけ霊長類は、手足を用いて抱く、掴まえる、といった行動を持っており、子ザルは母ザルからの体温の維持、授乳、養護、外敵から身を守ることなどにより、母はこのような行動を通して子の生命を保つことができる。しかし、子ザルに対する母ザルの授乳以外の栄養配分と関連する行動は基本的には観察されない。また、母が子に対して積極的に食物を与える行動は、霊長類ばかりではなくほかの哺乳類でも観察されていない。多くの動物の母子関係の中で、食にかかわる行動はほかの行動以上に重要でありながら、この行動が発達研究の中で取り上げられ注目されたことはほとんどない。しかし、その理由は明らかではない。

 本書の中で詳しくは紹介されていないが、母と子のかかわりの中で興味深いことは、授乳を媒介としたかかわりと物と関連する行動がほとんど観察されないことである。とりわけ、物についてはヒトでは日常生活の中でおとなでも観察される。初めて訪問した保育所などで、なんらかのかかわりを持とうとする子どもが手近にある、おもちゃなどの物を訪問者に差し出す提示する行動が観察されるのはヒト以外のほかの動物では見られない。授乳や物を介した社会的かかわり合いは母と子を結びつける行動とは異なる重要性があるということであろうか。

 さらに次のようなことはそう頻繁に観察されることではないが、物を媒介とした社会的かかわりのひとつと言えるだろう。

 私自身が保育所で、2歳前後の男児に床のゴミを拾って1mほど離れたところにあるゴミ箱に入れるように頼んだところ、そのゴミを持ってゴミ箱のところに行き、私を見てニヤッとしたあと、そのゴミをゴミ箱の「横」に落とし、表情ひとつ変えずにその場を立ち去ったことを観察し言葉が出る前にこのようなことが出来るのかと驚いたことがある。また、2歳くらいの双子の女児が同じクラスにいて、担任以外の保育士やほかの保護者が、似ているふたりを、Aちゃん?、Bちゃん?と名前を確かめることが多かった。2歳半くらいになった頃、二人とも、Aちゃんと聞かれたら「うん」と、Bちゃんと聞かれた時にも「うん」と答えるようになった。気をつけて観察していたところ、そのうちに、怒られるような時には相手の名前を、褒められそうな時には自分の名前をいうようになった。このような観察を通して、ヒトの子どもの発達の不思議さ、面白さと、子どもの対人行動の不思議さを知った。

 このような他者への働きかけはほかのおとなや子どもとの間のへだたりを短くしその経過を経て社会的かかわりを転換させる。その結果、おとなと子どもには違いがあり、ひとつの尺度だけでは捉えきれないことがあることに気づく。本書では、典型発達児と障害児の対人行動を取り上げ、同列に扱っており、またルイスの考え方がさまざまの個性と特徴を持って同じように発達するように受け取っており、さらに基本的にはルイスの理論を踏まえて川上が理論的にどのように捉えるのか見方が一貫していない。複雑な発達現象から一定の事実を収集し理論として整合性を求めるならば、理論に沿って徹底して事実を積み重ね、その理論では説明できない時にそれまでの子どもの見方や理論を検討し修正する必要があり、このことが次の研究のさらなる発展へとつながっていくのではないだろうか。

 これらの例は、川上自身の子どもの見方、捉え方と深くかかわっていると考えられる。川上がルイスを超えて川上独自の事実の発見、川上独自の理論の構築にはこれらのことはきわめて重要であり、今後、ぜひそのような視点をもって研究を進展させ川上独自の理論の構築を目指して欲しいと願う次第である。


【評者紹介】

南 徹弘 : 大阪大学名誉教授